魯迅の「狂人日記」の相関関係について5

3 相関係数を言葉で表す

数字の意味を言葉で確認しておく。

-0. 7≦r≦-1.0 強い負の相関がある
-0.4≦r≦-0.7 やや負の相関がある
0≦r≦-0.4 ほとんど負の相関がない
0≦r≦0.2 ほとんど正の相関がない
0.2≦r≦0.4 やや正の相関がある
0.4≦r≦0.7 かなり正の相関がある
0.7≦r≦1 強い正の相関がある

【参考文献】
花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風舎 2005
花村嘉英 森鴎外の「山椒大夫」のDB化とその分析 中国日语教学研究会江苏分会 2015
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から 森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默 ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
前野昌宏 回帰分析超入門 技術評論社 2012

シナジーのメタファー2

魯迅の「狂人日記」の相関関係について4

計算表
  非線形性 偏差 偏差2 初期値敏感性 偏差 偏差2 AB偏差の積
   3    2  4      2    1  1      2
   0    -1  1      1    0  0      -1
合計  3    1  5      3    1  1      1

◆相関係数は、次の公式で求めることができる。

相関係数=[(A-Aの平均値)x(B-Bの平均値)]の和/
√(A-Aの平均値)2の和x(B-Bの平均値)2の和

上記計算表を代入すると、

相関係数 = 1/√5 x 1 = 1/√5 = 1/2.24 = 0.45

従って、かなり正の相関があるといえる。

花村嘉英(2018)「魯迅の『狂人日記』から見えてくる相関関係について」より

シナジーのメタファー2

魯迅の「狂人日記」の相関関係について3

非線形性は、あるなしが3、0、一方、初期値敏感性は、あるなしが2、1になる。
◆非線形性と初期値敏感性それぞれの平均値を出す。
非線形性の平均:(3 + 0)÷ 3 = 1
初期値敏感性の平均:(2 + 1)÷ 3 = 1
◆非線形性と初期値敏感性それぞれの偏差を計算する。偏差=各データ-平均値
非線形性の偏差:(3 – 1)、(0 – 1)= 2、-1
初期値敏感性の偏差:(2 – 1)、( 1 – 1)= 1、0
◆非線形性と初期値敏感性をそれぞれ2乗する。
非線形性の偏差2乗 = 4、1 
初期値敏感性の偏差2乗 = 1、0
◆非線形性と初期値敏感性の偏差同士の積を計算する
(非線形性の偏差)x(初期値敏感性の偏差)= 2、-1
◆非線形性と初期値敏感性を2乗したものを合計する。
非線形性の偏差2乗したものの合計 = 4 + 1 = 5
初期値敏感性の偏差2乗したものの合計 = 1 + 0 = 1
◆非線形性と初期値敏感性の偏差の合計を合計する。2 – 1= 1

花村嘉英(2018)「魯迅の『狂人日記』から見えてくる相関関係について」より

シナジーのメタファー2

魯迅の「狂人日記」の相関関係について 2

2 小説の場面に適用する

 狂人の狂気が覚醒する場面でカオスの特性といえる非線形性と初期値敏感性が取れるかどうか見てみよう。それぞれ、1ある、2なしとする。

狂人の狂気が覚醒する場面
A 满本都写着两个字是“吃人”!书上写着这样多字,佃户说了这许多话,却都笑吟吟的睁着怪眼看我.我也是人,他们想要吃我了. 非線形性1 初期値敏感性1
B 那时我妹子才五岁,可爱可怜的样子,还在眼前.妹子是被大哥吃了.他却劝母亲不要哭.大哥说爷娘生病,做儿子的须割下一片肉来,煮熟了请他吃,才算好人.但是那天的哭法,实在还教人伤心. 非線形性1 初期値敏感性1
C 没有吃过人的孩子,或者还有?救救孩子. 非線形性1 初期値敏感性2

A 非線形性1ある、初期値敏感性1ある
B 非線形性1ある、初期値敏感性1ある
C 非線形性1ある、初期値敏感性2なし

花村嘉英(2018)「魯迅の『狂人日記』から見えてくる相関関係について」より

シナジーのメタファー2

魯迅の「狂人日記」の相関関係について 1

1 相関の作り方  

 シナジーのメタファーのために作成しているデータベースは、データの種類で見ると、俗に言う測れないカテゴリーデータからなる。数量データといわれる身長、体重、気温、湿度などとは異なり、値が連続ではなく飛び飛びで離散的となる。前野(2012)によると、カテゴリーデータは、対象の性質を表したり、現象や区別を表したりする。性別、好き、嫌い、うまい、まずい、おもしろいなどあるものの性質や現象が示される。
 相関とは原因から結果が生じ、それが互いに関係しあっていることをいう。また、相関関係があるとは、ある測定値の変化に対して他の測定値も変化する場合に使われる。相関の強さは、ピアソンの相関係数で表す。合わせて共分散という統計用語が重要になる。   

(1) 共分散の公式
共分散=[(xの各データ-xの平均値)x(yの各データ-yの平均値)]の和/データ数
   =[(xの偏差)x(yの偏差)]の和/データ数
   = xとyの偏差積の和/データ数

正の相関があると0より大きく、負の相関があると0より小さくなる。

(2) 相関係数(ピアソン)
相関係数=XYの偏差平方和/√(Xの偏差平方和)x(Yの偏差平方和)

「狂人日記」の問題解決の場面を使用して、簡単な例を見てみよう。

花村嘉英(2018)「魯迅の『狂人日記』から見えてくる相関関係について」より

シナジーのメタファー2

中国から日本に伝わったことばや文化について12

5.2 中医学

 東洋医学では、患者に証を診立てる。証とは、患者の心と体の状態を全体的に表すものである。西洋医学が消去法で病名を追い詰めていくのに対して、東洋医学は、身体全体を大きな有機体としてとらえ、連携しながら機能しているという心身一体の考え方で成り立っている。証を立てるために診察基準がある。
 陰陽、虚実、寒熱、表裏という概念と体の働きを表す気、血、水(津液)を組み合わせて病態の性質や原因を表している。陰陽は患者の病態や体質を表し、虚実は体力や抵抗力を表す。また、寒熱は症状の性質を表し、表裏は病気が体のどこにあるのかを表す。
 気、血、水(津液)は、気がエネルギー、生命力であり、血が組織や器官に栄養素を運び、水は、血以外の水分で、体液、分泌液、尿や浸出液である。
 東洋医学の診断法は、望診、聞診、問診、切診の四診がある。望診は患者の外見を注意深く観察する方法であり、顔色、肌のつや、目の状態、歯茎の色、つめや髪の毛の状態を観察する。歩き方や座り方そして姿勢も診察に含まれる。聞診は、声のかすれ、咳、息切れ、痰、体臭、口臭などを目や耳で観察する。問診は、痛みや痒みが現れている症状を聞き出す方法である。汗をかくか、頭痛や肩こりはどうか、のどが渇くか、体がだるいか、尿の回数、月経や妊娠などを尋ねる。切診は、西洋医学でいう触診である。患者にじかに触れて判断する方法である。

【参考文献】
花村嘉英 中国から伝わった日本の言葉や文化について-欧州との比較も交えて(レポート)  武漢科技大学外語外事職業学院 2009
日本成人病予防協会 健康管理士一般指導員養成講座 テキスト4 ヘルスケア出版 2014
予防医学·代替医療振興協会 予防医学指導士養成講座テキスト 2015 

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中国から日本に伝わったことばや文化について11

5 医学

5.1 漢方

 漢方は中国伝統の薬学である。漢代にその基礎的な理論と方法論が確立し、その線に沿って中国の医学は進んでいきた。日本へは、小野妹子とともに遣唐使(630-894)として唐へ渡った留学生が、帰国時にたくさんの医学書を持ち帰った。このころから中国との交流が盛んになり、医学の情報もたくさん入るようになってきた。しかし、鎌倉時代までは、僧侶が祈祷を交えて医師として活躍した。室町時代(1338-1573)になると、実験的な治術が発達した。

 江戸時代になって、諸大名が自分の領内で漢方薬を研究し、次第に日本の風土や日本人の体質に合ったものに改良された。原料のほとんどが植物であるため、本草とも呼ばれている。鎖国中も長崎を中心にオランダ医学が紹介され(例えば、解体新書:ターヘルアナトミア)、中国でも日本でも知られていなかった神経やリンパ管が明らかになり、漢方も一段と進歩した。

 明治時代になって、軍人を対象とする軍事上の理由から外科が主流となり、西洋医学(ドイツ医学)が漢方医学にとって代わった。こうして漢方は、日本の医学の表舞台から姿を消していく。しかし、有効性は否定しがたい部分もあり、中国はもとより日本でも民間レベルで今でもかなり用いられている。 

花村嘉英(2018)「中国から日本に伝わったことばや文化について」より

シナジーのメタファー2

中国から日本に伝わったことばや文化について10

【茶】
 六大茶、緑茶(非発酵茶)は、中国で一番多く、日本の緑茶も中国から伝来してきた。日本では蒸して作り、中国では煎じて作る。ビタミンCが豊富である。青茶(半発酵茶)の代表は、ウーロン茶。福建省や広東省が原産で、古くから皇帝への献上物であった。黒茶(後発酵茶)の代表は、プーアル茶。製造時に人工的に菌を繁殖させて、消化を促進する作用が強くある。白茶(弱前発酵茶)は、茶葉に白い産毛が生えていて、それを月光で自然乾燥させて作る。黄茶(弱後発酵茶)は、非常に手に入りにくいものでる。紅茶(完全発酵茶)も実は中国が発祥である。16世紀に福建省で作られ、インドやスリランカに渡り生産されるようになり、原産の中国のものよりも有名になった。花茶や雪茶のような茶樹以外の植物を使用する茶外之茶もある。

4.3 化粧
 
 おしろいや紅も中国から伝わった。奈良時代に上級婦人が唇や頬にすでにつけていた。中国では紀元前からといわれている。眉墨は、奈良時代に遣唐使や渡来人が伝えた。当初は眉に墨を塗っていた。平安時代になると、眉の毛を抜いてへらで眉墨をつけるようになった。平安時代の末期になると、男子も女性にならって作り眉をするようになった。

花村嘉英(2018)「中国から日本に伝わったことばや文化について」より

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中国から日本に伝わったことばや文化について9

【豆腐】
 豆腐の発祥の地も中国である。日本へは奈良時代に遣唐使が伝えたとされている。初めは貴族や僧侶が口にしていました。その後、庶民にも次第に親しまれるようになってきた。本格的に庶民の味となったのは、江戸時代の中期といわれている。1782年に刊行された「豆腐百珍」は、人気をはくし、豆腐が全国に普及した。豆腐は、栄養価の高い食品で、ダイエットにも効果があり、健康にもとてもよい。
 大豆にはアセチルコリンという神経伝達物質が多く含まれ、興奮を抑え、血圧の上昇を抑える働きがある。アセチルコリンは、さらに、集中力、記憶力、洞察力、判断力を高めてくれる。豆腐や味噌などの大豆食品を昔から摂っていたため、日本人のⅠQ(知能指数)は世界のトップクラスにある。
 精進料理は中国で成立した。飛鳥時代の652年に天武天皇(631-686)が僧侶の肉食を禁止したため、僧侶の食事内容は菜食に制限された。奈良・平安時代に天台宗(最澄 比叡山)、真言宗(空海 高野山)が開かれ、僧侶の食事が寺行事を通して庶民に伝わるようになった。平安時代に書かれた清少納言の「枕草子」にも「そうじものいとあしき(精進料理はまずい)」と書かれている。精進料理は、鎌倉時代(1185-1333)に禅宗が起こってから本格的に発達した。
 
花村嘉英(2018)「中国から日本に伝わったことばや文化について」より

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中国から日本に伝わったことばや文化について8

4.2 食事、食材、栄養

 食事のマナーにも違いが見られる。日本では、最初に「いただきます」、終わりに「ご馳走さまでした」という。中国ではそう言いわない。出された食事は、全部食べるのが日本のマナー。食べ残しは、作ってくれた人に対して失礼だからである。中国では、全部食べてしまうと、食べ足りないのでは、量を減らしたと互いに思うことにも。そのため、少し残して、おなかがいっぱいで、食べられませんというメッセージを伝える。

【食材】
  農作物もシルクロードを通って奈良時代から平安時代に中国から日本へ伝わった。例えば、レタスの原産地は西アジアである。カブも奈良時代に中国から伝わった。日本書紀や万葉集にも登場する野菜である。例えば、植物全般が季語として和歌に詠まれている。ねぎの原産地も中国の西側地域である。遊牧民により伝えられ、中国から日本へ伝わった。日本では、ねぎが薬草と考えられていて、ねぎぼうず(ギボシ)は、魔よけの役割を果たしていた。にんにくは、エジプトが原産地で、日本へもシルクロードを経て平安時代に中国から伝わった。

花村嘉英(2018)「中国から日本に伝わったことばや文化について」より

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